『ヴィンランド・サガ』の最終29巻が配信されてから、早いものでもう1年が経ちました。最終巻だけ読むのではなく、「せっかくなら1巻からもう一度全部読み返して、そのまま最終巻まで読もう」と思っていたのですが、なかなかまとまった時間が取れず……。結局1年も経ってしまいましたが、ようやく最後まで読み終えることができました。

いやぁ、長い旅でした。そして読み終わって改めて思ったのが、
「そういえば自分、ヴィンランドに住んでいるじゃないか」
ということです(笑)。
もちろん本当にトルフィンがここに村を作ったという意味ではありません。
『ヴィンランド・サガ』終盤でトルフィンたちが入植したヴィンランドの舞台として描かれているのが、現在僕が暮らしているカナダのプリンスエドワード島(Prince Edward Island/PEI)です。
だったら、せっかく現地に住んでいるのだから、この「地の利」を生かさない手はありません。
そこでこれから何回かに分けて、
漫画の描写と実際のPEIの地理・自然・歴史を照らし合わせながら、『ヴィンランド・サガ』の世界を考察してみよう
と思います。
考察だけではなく、実際に現地へ行って写真も撮ってみるつもりです。
題して、
「ヴィンランド・サガ考察」シリーズ。
まず第1回は、物語の舞台となった約1000年前のPEIは、いったいどんな島だったのか?というところから始めてみます。
昔のPEIには大型動物がいなかった?
以前このブログで、『ヴィンランド・サガ』の舞台となったPEIについて、
「PEIには大型の野生動物がほとんどいない」
というようなことを書きました。
これは現在のPEIについてはだいたい合っています。
ところが今回改めて調べてみると、1000年前のPEIは現在とはかなり違っていたことが分かりました。
なんと、昔のPEIには熊がいました。
しかも興味深いことに、現在カナダで一般的に「Deer」と呼ばれるWhite-tailed Deer(オジロジカ)は、もともとPEIには定着していなかったと考えられています。
その代わりにいたのが、Woodland Caribou(森林性カリブー)です。
UPEIのDouglas Sobeyによる歴史資料の研究では、ヨーロッパ人の入植以前から初期入植期のPEIには、カリブー、アメリカクロクマ、オオカミ、カナダオオヤマネコなどが生息していたことが示されています。
The Canadian Field-Naturalist — Sobeyの研究
ざっくり整理すると、こんな感じです。
| 動物 | 昔のPEI | その後 |
|---|---|---|
| 🐻 アメリカクロクマ | ○ いた | 最後の確実な記録は1927年 |
| 🦌 森林性カリブー | ○ いた | 1700年代に消滅 |
| 🐺 オオカミ | ○ いた | 島から消滅 |
| 🐈 カナダオオヤマネコ | ○ いた | 1800年代末ごろまでに消滅 |
| 🦦 カワウソ | ○ いた | 一時激減したが現在も確認される |
| 🦌 オジロジカ | × 在来個体群なし | 現在もPEIに定着していない |
| 🫎 ヘラジカ | 史料上は疑問 | 少なくとも欧州人到来時の在来個体群を支持する確実な歴史記録に乏しい |
こうして見ると、現在のPEIとはずいぶん違います。
熊は意外なほど最近までいた
特に驚いたのがアメリカクロクマ(Black Bear)です。
「昔はいた」といっても、てっきり何千年も前の話なのかと思ったら、そうではありません。PEIでは1790年代から19世紀半ばまで熊に対して懸賞金が設けられていました。
ヨーロッパ人による森林の開墾と駆除によって徐々に数を減らし、最後に確実に記録されたクロクマは1927年とされています。
つまり、たった100年ほど前までPEIに野生の熊がいたことになります。
一方、カリブーが姿を消したのはもっと早く、歴史資料では1760年代までには島から消えたと考えられています。
現在のPEIには広大なジャガイモ畑や牧草地が広がっていますが、当時は島の大部分(98%)が森林でした。
『ヴィンランド・サガ』のトルフィンたちが見たヴィンランドを想像するなら、
現在のPEIの景色から、道路も家も農地もほとんど消して、一面を森林に戻す。
その森の中にクロクマ、カリブー、オオカミ、オオヤマネコなどが暮らしている。
そんな世界だったことになります。
漫画を読みながら想像していたPEIとは、ずいぶん印象が変わってきました。
さらに昔、PEIは現在とは違う海岸線だった
もう一つ興味深かったのが、PEIそのものの成り立ちです。
最終氷期後は海面が現在より低く、現在のNorthumberland Strait周辺には今よりはるかに広い陸地が存在しました。その後、海面上昇によって現在のような島へと変化していきました。
つまり、現在のPEIの海岸線をそのまま1000年前に当てはめることもできません。
これは『ヴィンランド・サガ』の舞台を考察するうえで、かなり重要になってきます。
特にPEI北岸は砂州・砂丘・湾・河口が多く、海岸線が変化しやすい地域です。
「漫画に描かれている海岸線とGoogle Mapsを重ねればアルネイズ村の場所が分かる」
……というほど単純ではなさそうです。
では、アルネイズ村はどこにあったのか?
ここからが今回の本題。
『ヴィンランド・サガ』でトルフィンたちが築いたアルネイズ村。
もちろん架空の村なので、現実世界に「ここがアルネイズ村です」という場所が存在するわけではありません。
ただし作品の地理やPEI北岸の地形を照らし合わせていくと、候補として非常に面白い地域があります。
それが、
North Rustico(ノース・ラスティコ)周辺。
なんと我が家から車で約20分。
これは行くしかありません(笑)。
そこで本格的な考察を始める前に、まずは
「1000年前、アルネイズ村がこの辺りにあったとしたら?」

と想像しながら、North Rustico周辺を歩いてきました。


現在は漁港、灯台、住宅、道路などがありますが、1000年前なら当然そんなものはありません。
現代の建物を頭の中で全部消して、農地を森に戻し、現在とは少し違った海岸線を想像してみる。
すると、同じ風景がまったく違って見えてきます。

そして実際に現地を歩いてみると、
「なぜトルフィンたちがこのような場所に村を作ろうとしたのか」
ということも少し見えてきた気がしました。
穏やかな湾、外海へのアクセス、森林、魚介類、そして開墾できそうな土地。
漫画を読んでいるだけでは気付かなかったことが、現地に立つことでいろいろ見えてきます。
ただし――。
1000年前のこの島は、決して「誰もいない新天地」ではありませんでした。
当時のEpekwitk(PEI)には、すでに長い歴史を持つ先住民の人々が暮らしていました。
そしてこれが、『ヴィンランド・サガ』終盤の物語を考えるうえで非常に重要になってきます。
次回は、1000年前のPEIに暮らしていた人々と、『ヴィンランド・サガ』に登場する先住民について考えてみたいと思います。
――ヴィンランド・サガ考察②へ続く。












