カナダでわしも考える

カナダのプリンスエドワード島にて念願の家を購入しました。これからセルフリノベします。還暦までには終われば良いのですが。。。

【推し活記録⑫】8月15日は「深紫の日」― Deep Purple Halifax 2026

随分と久しぶりの投稿になってしまいました。

このライブの翌々日から、お隣ノバスコシア州、ケープブレトン島のシドニーという町へ出稼ぎに行っておりまして、なかなか思うようにブログを書く時間が取れませんでした。 今回、1週間の休暇で島に戻ってきたので、少し時間は経ってしまいましたが、あの日のことを書いておこうと思います。

ライブ当日の3日前 なんとリッチー・ブラックモアがDeep Purpleのライブに電撃参加し、「Smoke on the Water」を演奏したという記事を目にしました。まったく想定していなかった出来事だったので、これは感動しました。YouTubeに上がっている映像を何度見たことか。


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「Smoke on the Water」には、個人的にも思い出があります。中学生の頃、下の名前と誕生日が同じT君というギター少年がいました。なんとなく馬が合って、よく彼の家に入り浸ってはギターを弾かせてもらっていました。そんな僕に、「これ、練習してみれば?」と最初に勧めてくれたのが「Smoke on the Water」でした。中学1年か2年だったので、1982年か1983年頃。

当時Deep Purpleは活動しておらず、「リッチー・ブラックモア」といえばRainbowという時代でした。あれから40年以上経って、まさかカナダでDeep Purpleを観ることになるとは 公演日は2026年8月15日 場所はハリファックスのScotiabank Centre
1972年8月15日はDeep Purpleが初来日公演を行った日でもあります。会場は大阪フェスティバルホール。偶然なんでしょうけど、僕にとって今後8月15日は「深紫の日」になりそうです。

実は「Smoke on the Water」以外で僕がDeep Purpleを聴くきっかけになったのは、王様の「深紫伝説」でした。ここ最近はメディアで見かける機会も少なくなったので、「懐かしい!」と思う方も多いかもしれません。でも王様、今でも精力的に全国のライブハウスを回っておられます。

さて、ライブ当日。18時30分、開演時間ちょうどにJefferson StarshipからスタートKansasとの共演とは事前に聞いていましたが、Jefferson Starshipまで出演するとは思っていませんでした。しかも、80年代を代表する名曲「Nothing's Gonna Stop Us Now」、さらにJefferson Airplane時代の「Somebody to Love」まで思いがけず聴くことができ、スタートからテンション爆上がり。全7曲をサクッと演奏して、Kansasへバトンタッチ。


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Kansasは北米を代表するプログレッシブ・ロック・バンドなのでしょうが、こちらのラジオでよく流れるのは「Dust in the Wind」と「Carry On Wayward Son」。そのため、個人的にはあまり「プログレ」という認識がありませんでした。ところが実際にライブで観てみると、バイオリンがかなり前面に出ていて、「ああ、やっぱりプログレなんだな」という印象。全13曲を演奏し、いよいよ本命のDeep Purpleへ。


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1曲目は、やはり「Highway Star」。そしてボーカルのイアン・ギラン。81歳とはとても信じられないようなシャウト。ギターソロ、キーボードソロもたっぷり入って、全15曲。

4月に行われた日本公演が全17曲だったことを考えれば、それほど大きな差もありません。それどころか今回はJefferson StarshipとKansasまで一緒に観ることができたわけで、なんともお得なライブでした。

中学生の頃、友人の家でギターを借りて初めて練習した「Smoke on the Water」。

その頃はDeep Purpleは活動しておらず、リッチーといえばRainbowでした。

それから40年以上。

2026年8月15日、カナダのハリファックスで「Highway Star」から始まるDeep Purpleを生で観る。

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そして、そのわずか3日前にはリッチー・ブラックモアがDeep Purpleのステージに立って「Smoke on the Water」を弾いていた。

音楽を長く聴いていると、こんなふうに昔と今が突然つながる瞬間があるんですね。

たぶんこれから8月15日が来るたびに、この日のことを思い出すと思います。

僕にとっての「深紫の日」です。

【リノベ記録⑱】大工見習い2年目スタート!国立公園の現場で新たな一歩

このブログでは、カナダ・プリンスエドワード島で進めているモバイルホームのセルフリノベーションの様子を記録しています。一昨年の秋にスタートし、2回の冬の間は作業が一時中断。春から再始動しようと思いますが、大工仕事を再開したので、果たして今年はどこまでやれるか体と予算と相談しながらやっていこうと思っています。 今まで同様に作業の記録や気づき、ちょっとした失敗談まで、リアルな日々のログとして綴っていきます。

 

6月に入り、PEIもようやく暖かくなってきました。20℃を超える日もちらほら出てきて、外で作業するには気持ちの良い季節になりました。

そして6月1日から、**Level 2 General Carpenter Apprentice(大工見習い2年目)**として建築会社で働き始めました。

 

現在の現場は、なんとPEIの国立公園内でのコテージ建設です。

通常であればナショナルパークの入場にはパスが必要ですが、昨年に続いて今年も入場無料。現場までの道中も現場そのものも国立公園内なので、とにかく景色が素晴らしいです。

毎朝、海や森を眺めながら現場へ向かい、自然に囲まれた環境で仕事ができるのは本当に贅沢だと思います。

しかも自宅から車で10分ちょっと。

「こんな場所で働けるなんてラッキーだな」と毎日感じています。


カナダの大工徒弟制度(Apprenticeship)とRed Seal

カナダの大工には、日本のような資格制度とは少し違う仕組みがあります。

それが**Apprenticeship(徒弟制度)とRed Seal(レッドシール)**です。

Red Seal Programは、カナダ全土で技能を証明できる国家レベルの資格制度で、日本でいうところの

「国家資格+全国共通ライセンス」

のようなイメージです。

大工の場合は、

  • 約1,700時間の実務経験
  • 8週間の学校トレーニング
  • レベルごとの修了試験

をクリアすると次のレベルへ進めます。

これをレベル4まで修了すると、最終的にRed Seal試験を受験でき、合格すれば全国で通用する資格を取得できます。

順調に進めば約4年で取得可能です。


僕の場合

僕は2023年から2024年にかけて、オンタリオ州のカレッジでCarpentry & Renovation Techniquesを学びました。

さらに卒業後、

  • 師匠のもとで約400時間
  • Construction Association of PEIのプログラムで約240時間

の実務経験を積んでいます。

そのため、あと約1,000時間ほど働けばLevel 2のトレーニングを受ける資格を満たし、次のステップへ進める予定です。

Red Seal取得まではまだ道のりがありますが、一歩ずつ確実に進んでいこうと思っています。


建築業界への入り口になったプログラム

家のリフォームを進める中で感じたのは、

「基礎知識と経験がなければ、AIがどれだけ優秀でも限界がある」

ということでした。

もちろんAIは非常に便利ですが、実際に工具を扱い、木材の癖を理解し、施工方法を学ぶには現場経験が欠かせません。

またPEIのような小さな島では、建築業界への就職はコネや紹介が大きな要素になることも少なくありません。

そこで今年4月から、移民向けにConstruction Association of PEIが主催するプログラムに参加しました。

内容は、

NET ZERO仕様のタイニーホームを8週間かけて建設する訓練プログラム

です。

参加者は様々な国から来た移民たち。

8週間一緒に学び、実際に家を建て、その後は12週間の職場派遣へ進みます。

そして本人と派遣先の双方が合意すれば、そのまま就職につながる仕組みです。

ありがたいことに、このプログラムを通じて現在の勤務先を紹介していただきました。

新しい国で新しい職業に挑戦する機会をいただけたことに、本当に感謝しています。


リノベは少しスローペースに

そんなわけで、しばらくは平日フルタイムで現場仕事になります。

そのため、自宅のリノベーションは昨年ほどのペースでは進まなくなりそうです。

とはいえ、せっかく購入した家ですし、週末を中心に少しずつ進めていく予定です。

今年の目標は、

  • 玄関先の仮説橋をデッキに改造
  • 仮設スカートを本設スカートへ変更
  • ボロボロになった納屋の解体
  • 裏側にデッキを新設
  • 雨樋(ガター)の設置

このあたりができれば十分かなと思っています。


おわりに

2年前はカレッジで大工の勉強をしていましたが、今では実際の建築現場で働きながらRed Seal取得を目指しています。もちろん、まだまだ覚えることばかりです。

ただ、自分の家を直しながら学び、現場で経験を積み、少しずつ職人として成長していけるのはとても恵まれた環境だと感じています。

これからも仕事とリノベーションの両立を目指しながら、一歩ずつ前進していこうと思います。

それではまた次回のリノベ記録で。

 
 

 

 

 

【推し活記録⑪】「いつでも」は永遠じゃない〜 大野雄二さんの思い出 更新 サインが見つかりました

ルパン三世のテーマ作曲者として知られる、大野雄二さんがお亡くなりになりました。

サックスを始めた頃、実は大野雄二さんと大野克夫さんの区別がちゃんとできておらず、「全部大野雄二さん」だと思っていました。 ルパンもコブラもタイガーマスクもコナンも太陽にほえろも傷だらの天使も。。。
でも、それくらいお二人とも“サックスで吹きたくなる名曲”をたくさん作られているんですよね。

30歳の手習いで始めたサックス。
ルパン三世のテーマ、炎のたからもの……当時は夢中で練習していました。

そして一番の思い出は、東京・目黒のライブハウス「ブルースアレイ」。

なぜか頻繁に通っていたライブハウスはここだけでした。
一人でも入りやすい雰囲気があって、当時の会社からも近く、大野雄二さんのライブを何度も見に行かせていただきました。

ライブ終わりに購入したCDへサインを頂き、少しだけお話しさせて頂いたこと。
今でもつい先日のことのように思い出します。

あと忘れられないのが、当時の予約方法。
今みたいにスマホで簡単予約ではなく、店頭へ行って予約するという、とてもアナログな時代でした。(たしか電話予約もできた気はしますが、会社が近かったので直接行っていました)

ある日、大野雄二さんのライブ予約をしにブルースアレイへ行ったら、店内では葛城ユキさんが「ボヘミアン」を熱唱中。
予約しに行っただけなのに、あんな贅沢な空間に遭遇できたのは、本当に時代ならではだったと思います。

日本を離れてからは、「帰国したらいつでもまたライブを見に行ける」と勝手に思っていて、ここ10年ほどは検索すらしていませんでした。

でも、“いつでも”って、本当はいつでもじゃないんですよね。

浜省先輩の「Second Period」は案の定、抽選という抽選に全部落選。
帰国のきっかけもずいぶん遠のいています。

だからこそ、後悔しないように。
「いつか行こう」ではなく、今のうちに。

亡くなる前にライブを体験したいアーティストを、改めて真剣に考えて推し活しないといけないな……と、そんなことを思った夜でした。 

【推し活記録⑩】PEIで“桜探し” — 赤毛のアンと日本を繋ぐ一本の木

桜の季節に日本へ帰ると、毎年待っているのは綺麗な桜…ではなく花粉症の洗礼。そんな事もあり、日本で最後にちゃんと花見をしたのは2016年でした。

2017年、2018年はBC州ケロウナにも桜の木があり、海外でも春を感じる事ができたのですが、それ以降は家の周辺、通勤路で桜を見かける事もなく、「そもそもプリンスエドワード島に桜ってあるの?」と気になって調べてみました。

「桜 花見 プリンスエドワード島」で検索すると、日本語では島の花を紹介するブログなどは出てくるものの、“桜の木”そのものへの言及はほとんどなし。
そこで英語で “Cherry Blossom PEI” と検索してみると、さくらんぼの木(Cherry Tree)の情報はあるものの、観賞用の桜(Flowering Cherry Tree)については、UPEI(プリンスエドワードアイランド大学)に植樹された桜の記事だけが見つかりました。

その桜は、2018年に日本とPEIの友好を記念して植樹されたもの。
背景には、

  • L.M. Montgomery Institute 第13回ビエンナーレカンファレンス
  • 同研究所25周年
  • 日本とPEIの深い文化交流

植樹プレートには “In celebration of the 25th Anniversary of the L.M. Montgomery Institute & the kindred spirits of Japan and PEI.” (L.M. Montgomery Institute 25周年と、日本とPEIの「魂の友」を祝して)とあり、単なる植樹ではなく、“日本人が愛する桜”と“赤毛のアンの世界観”を重ね合わせた象徴的なプロジェクトだったそうです。

その桜が『赤毛のアン』の中で、

  • アンがブライトリバー駅に到着した時に迎える木
  • グリーン・ゲイブルズの窓の外の木

をイメージしているという点。

植樹場所はUPEIキャンパス中央の中庭。そこで大学関係者の知り合いに聞いてみたところ、かなり詳しい場所を教えてもらえたので、実際に探しに行ってみました。

…が、肝心の記念プレートはどうしても見つからない。

仕方がないので、桜っぽい木を片っ端からGoogleレンズ先生に確認していく地道な作業開始(笑)

その結果、2018年植樹っぽい桜の木を1本発見。

ただ、もう1本あるはずなのですが、どうしても見つからず…。

さらにGoogleレンズが「これも桜です」と判定した木がもう一本あったものの、「本当にこれかな…?」という感じ。

とはいえ、蕾をGoogle先生に見せたところ、「あと1週間〜10日ほどで開花予定」

との事だったので、来週あたりもう一度見に行ってみようと思います。

PEIにも、ちゃんと“春を待つ桜”がありました。 花見もできそうです。

【リノベ記録⑰】ありがとうRONDO カナダ横断を共にした愛車との別れ

このブログでは、カナダ・プリンスエドワード島で進めているモバイルホームのセルフリノベーションの様子を記録しています。一昨年の秋にスタートし、2回の冬の間は作業が一時中断。春から再始動しようと思いますが、大工仕事を再開したので、果たして今年はどこまでやれるか体と予算と相談しながらやっていこうと思っています。 今まで同様に作業の記録や気づき、ちょっとした失敗談まで、リアルな日々のログとして綴っていきます。

長かった島の冬もようやく終わり、家の周りの雪もすっかり消えました。
朝はまだ氷点下の日もありますが、日中は10℃を超える日も増えてきて、春の気配を感じます。そろそろ今年のリノベ計画も考えないといけない時期ですが、今日はそれ以上に特別な出来事があったので、記録として残しておきます。


🚗 10年近く連れ添った愛車との別れ

2016年10月から約9年7ヶ月、大変お世話になった KIA RONDO EX を手放し、今日から新たに SUBARU Forester X Limited がパートナーになりました。

新パートナー フォレスタ

RONDO君は、カナダ・BC州ケロウナに来てすぐに購入した車でした。そこから
ユーコン準州ホワイトホース → プリンスエドワード島 → オンタリオ州ペンブローク → 再びプリンスエドワード島へと、U-Haulトレーラーを牽引しながらカナダ横断。まさに西の端から東の端近くまで、文句ひとつ言わずに付き合ってくれた相棒です。

購入時は168,000km、そして本日手放した時には317,853km。
これほど長い距離と年月を共にした車は初めてで、別れが近づくにつれて想像以上に寂しさを感じました。感覚としては、家族と別れるのに近いものがありました。


🇨🇦 カナダの車事情と買い替えの理由

カナダには日本のような自賠責保険制度はなく、保険加入が車両登録の前提になります。州によって保険料は大きく異なり、プリンスエドワード島は比較的安く、他州の1/4〜1/3程度で済むのは大きなメリットです。

ただしその代わりに**毎年の車検(MVI)**があり、古い車になると維持コストがかなり高くなります。実際、ここ数年は毎年2,000〜3,000ドルほどかかり、結果的に車両購入価格を超えてしまいました。

さらに走行距離も30万kmを超えたため、次回の車検(8月)を待たずに買い替えを検討していたところ、条件の良いフォレスターに出会い、今回の決断に至りました。


🔧 今月のリノベ:インターネット環境改善

今回の「リノベ記録」としては、家のインターネット回線を見直しました。
これまで使っていたのは Xplore の5G回線(下り100Mbps契約)でしたが、

  • 実測は20Mbps程度
  • 天候に大きく左右される
  • 回線が切れるとルーター再起動が必要

といった問題があり、正直ストレスの多い環境でした。

サポートに相談した際も改善は期待できず、「200Mbpsプランを勧められるだけ」という状況だったため、以前から気になっていた Starlink への切り替えを決断。

ちょうど3月末までのキャンペーンで料金が下がっていたことも後押しになりました。


🛰️ Starlink導入の感想

雪の中でアンテナ設置を行いましたが、専用アプリが非常に優秀で、

  • 設置場所の選定
  • 障害物チェック
  • アンテナの最適角度

すべて簡単に行えました。

そして何より驚いたのが通信速度。
100Mbps契約でほぼそのまま100Mbps出る安定感。

「恐るべしイーロン様、ありがとう」というのが正直な感想です。


✨ これから

長年の相棒との別れと、新しい車との出会い。
そして生活インフラのアップデート。

いろいろな意味で「区切り」と「再スタート」を感じる一日になりました。
これからはフォレスターとともに、新しいリノベの一年を進めていきます。

【推し活記録⑨】Journey 最後のツアー、どこで観るか本気で悩む

キッス(済)、チープ・トリック(済)、ナイト・レンジャー(済)、エアロスミス(済)ホワイトスネイク(済)、メガデスに続き、ついに Journey も「最後のツアー」を正式に発表しました。 

ツアーは 2026年2月28日から北米でスタートし、
現在発表されているだけでも 約60公演。
その後は世界各地での公演も予定されているとのこと。

カナダ公演は5都市

カナダでは以下の 5公演 が発表されています。

東カナダは 3月初旬 に集中。
しかも公演まで 1ヶ月を切っているにも関わらず、
Ticketmaster を見ると、
意外なほどチケットが残っている状態。

「どこで観るか」を決めるには、逆に悩ましい状況です。

会場選びで揺れる気持ち

候補はいくつもあって、なかなか決めきれません。

  • 2023年のTOTOとのジョイントと同じ会場、オタワ
    → ツアー序盤でコンディションも良さそうだし、
    カレッジや親方に挨拶にも行ける

  • 距離的にまだ近い ケベックシティー

  • 車なしでも行きやすい モントリオール

ツアーの最初の方だから疲れていないだろう、
演奏のクオリティも安定しているはず、
そう考えると「どこで観ても正解」な気がして、余計に決められない。

それにしてもこのチケットの余り具合、
会場が大きすぎるのか、公演数が多すぎるのか…。
今後の 価格の推移を見ながら判断しようかな と思っています。

スティーブ・ペリーの可能性?

今回のツアーで気になったのは、
ニール・ショーン が Steve Perry に
正式にツアー参加を打診した、という記事。

スティーブ・ペリーはそのオファーに感謝しつつ、
レギュラー復帰は辞退。
ただし スポット参加の可能性は否定していない とのこと。

……どこかでサプライズ参加、あるのかな。

いや、
それが カナダ公演という可能性は限りなく低い だろうし、
どう考えても 東海岸はない 気もする。

でも「最後のツアー」と聞くと、
つい期待してしまうのがファンの性。

さて、
どの街で Journey の最後を見届けるか。
もう少し悩みながら、様子見です。 実はMegadethも3月初旬に近所のモンクトン、ハリファックスで公演があり、Megadeth→Journeyのロードトリップもありかな

【推し活記録⑦ その3】あの日から1.5ヶ月 あの夜の続きを、まだ何度も見ています

あの日から、もうすぐ1.5ヶ月

――ポールの歌は、何度見ても色褪せない

私生活が少し慌ただしく、ブログの更新が遅れてしまった。
気がつけば、あの日からもうすぐ1.5ヶ月が経とうとしている。

幸いなことに、YouTubeがある。
あの日の興奮は、映像を見るたびに鮮明に蘇ってくる。
……もう何回見ただろうか。


15曲目:In Spite of All the Danger

1958年、クオリーメン 名義で初めて録音された楽曲。
ポールが15歳の頃に作曲し、ギターソロはジョージが考えたという。

正直、この曲自体に強い思い入れはない。
でも改めて考えると――
15歳の少年が作ったとは到底思えない完成度だ。

ライブでは、コーラス部分を観客に歌わせるのがどうやら慣例らしく、
もちろん僕も「歴史の証人」として参加(笑)。


16曲目:Love Me Do

1962年、ザ・ビートルズ のデビューシングル。
誰もが知っている名曲。

このあたりでポールは、
プロデューサー ジョージ・マーティン との思い出を語っていた。

この曲を書いたのも、ポール16歳。
……すげー16歳だな。


17曲目:Dance Tonight

ここでポールは、アコギからマンドリンへ持ち替える。

2007年の曲。
「最近?」と思ったけど、当時ポールは65歳。
アルバムも持っていないのに、なぜか知っている自分がいる。多分MVかCMかな

このあたりから、
もう完全にポール節が炸裂していた。


18曲目:Blackbird

ビートルズの曲の中でも、個人的に5本の指に入る大好きな曲。

再びマンドリンからアコギへ。
ほぼバックバンドなし。
ステージがせり上がり、ポール自身もなんだか楽しそうだ。実は僕の席からは後頭部も何にも見えなくて、せり上がったのは上部のモニターで理解しました。

曲の後には、この曲が生まれた背景、
そして人権についての話が語られる。

1964年、ジャクソンビル。
人種隔離をするならコンサートはやらない――
そう宣言した当時の出来事を、静かに、でも力強く語るポール


19曲目:Here Today

あの痛ましい事件から2年後に書かれた曲。
ジョンに言えなかったことを、
対話形式で綴った一曲。

ポールは
「この曲をジョンに捧げます」
そう言って歌い始めた。

1980年のあの事件の前、
メンバー間の関係は、実は雪解けムードだったらしい。

……ほんと、あれさえなければ。
80歳のビートルズ、見れてたのかもしれないな。
まあ、ジョージもいないけど。


20曲目:Now and Then

今のところ、ビートルズ最後の曲。

ここまで並んだ曲はすべてポールの曲だったけど、
これはジョンの曲。

改めて聴くと、
「ああ、これは確かにジョンの曲だな」と納得する。

リリースまでには紆余曲折があった。
当初は残った3人で始動し、
ジョージも去り、
そして ポール、リンゴ、ジョージ・マーティンの息子によって
2023年に完成した。

初めて聴いたとき、
中学の頃に買った「復活祭」のカセットに
入っていたような気がしたけど……
もうそのカセットもない。
記憶違いかな。


思い出が多すぎて、なかなか進まない

1曲1曲に、
思い出がありすぎる。

だから、なかなか先に進まない。
でも、それでいい気もしている。